イリコトde結婚記念日お題:〜紙婚式〜


『アルバム』   寄稿:narack様
 アルバム…



 それはこの世に生を受けてからゆっくりと、そして着実に歩んできたという証。




 「うわぁぁ♪可愛い〜」
 


 あたしは今、寝室で入江くんのアルバムを見ている。
 入江くんのアルバムを見るときは必ず赤ちゃんの時から見始めるのが自分のこだわり。

 お人形さんみたいにこっちを見て笑っている小さな女の子…風の入江くんがあたしが最初に見た写真だけど、
生まれたばかりの時はちゃんと男の子の服を着た赤ちゃんだった。それがだんだんと服の色が変わり、
素材が変わり、 デザインが変わりとどんどん女の子になっていく。可愛いぬいぐるみを抱っこして嬉しそうに
視線を向けているのは可愛い可愛い女の子でしかない。
 かと思えば突然クールな男の子が登場する。
 ちょっと生意気そうな顔をしてカメラに視線を向ける男の子。
 それでもやっぱり入江くんで小さくても女の子の姿をしていても今の入江くんの面影が
少しだけ残っていて何回見ても飽きる事はない。
 あたしの知らない入江くんに出会えてとても嬉しい。
 そしてちょっぴりおませでクールな男の子はそのクールさを保ったままどんどん成長していく。
 あたしが一目で恋に落ちたあの姿へと近づいていく。
 ゆっくりとアルバムのページをめくっていくとあたしの知っている入江くんが現れてくる。
 
 そこからはあたしも知ってる入江くんばかりで。
 もちろんプライベートな写真もあるけれど学校の写真はずっと見てきたものばかり。
 高校行事は家族が見に来る機会なんてないのにこんなにたくさんあるのはお義母さんが高校に
足を運んで撮ってくれたからだ。
 運動会、文化祭。日常の一コマ。当時、自分の目に焼き付けた入江くんの姿がここにたくさんある。
 今より少しだけ幼い入江くんはやっぱり格好良くて素敵で、当時こっそりと隠れて見ていた自分の
気持ちも一緒に思い出される。
 そして更にゆっくりとページをめくると現れたのは・・・あたし。
 
 
 カメラ目線でないあたしと入江くんの写真がいっぱい。
 いつこんな写真撮ったんだろうって思うものがいっぱいで、その表情はあたしが入江くんの方を
真っ直ぐ見て追いかけていて入江くんは迷惑そうに眉間に皺を寄せている。
 この時のあたしはどんな気持ちだっただろうか。
 
 一大決心して差し出したラブレターを『いらない』の一言であしらわれたすぐ後の災難で同居生活スタート。
 少し前まで一方的に見てることしかなかった入江くんが目の前にいて冷たくされながらも触れ合うことが出来た。
 意地悪なことばっかりで悲しい気持ちになったこともあるけれど結局は好きな気持ちは変わらなかったな。

 「随分いいもん見てんじゃねえか。」
 
 
 可愛い可愛い入江くんと今までの思い出の世界にどっぷりと浸かっていたあたしは
酷く冷たい声によって現実世界へと連れ戻された。
 あたしは恐る恐る振り返る。

 「ひっ・・・入江くんっ!」

 ベッドに寝転がってアルバムを堪能していたあたしと小説片手に長身の身体で見下ろしてくる
入江くんの高低差は大きい。
 しかも不機嫌丸出しということもあって入江くんから発しているオーラはどす黒い。
 あたしは身を翻して入江くんを見上げる。

 「珍しく書斎に顔を出さないと思ったらまたこんなもん引っ張り出してきやがって。」
 「だって好きなんだもん。入江くんのアルバム。」
 「そんなもん好きになるんじゃねぇ!!」
 「ぎゃあっ」

 入江くんの小さい頃からの思い出が詰まっているアルバムを好きだと言ったことがそんなに気に入らないのかなぁ。
入江くんはドスンとあたしの隣に腰を下ろす。その反動であたしはベッドの上で大きく跳ねた。
 
 「んもうっそんなに乱暴に座らないで!スカートがめくれちゃうじゃない!」
 「はんっ動物パンツが聞いて呆れるぜ。」
 
 「な、なんで知って・・・!!」
 「誰がその動物を脱がしてやったと思ってるんだ?ん?」
 「!!///」

 持っていた小説でペチンと軽くお尻を叩かれてあたしは手にしていたアルバムを離してババッとお尻に手を当てた。
 その様子を入江くんは意地悪そうな顔で見下ろしている。

 「もうっ意地悪!」
 「それはこっちの台詞だ。おれの汚点を見てるお前に言われたくない!」
 「だって!このアルバムはあたしの記録でもあるんだもん!!」
 「はぁ?」

 あたしは入江くんにアルバムを奪われまいとして広げているアルバム覆った。
 不機嫌な入江くんのことだから力ずくで奪ってあたしの知らないと<ころに隠してしまいそうだったから。
 この際入江くんにパンツを見られたって構わない。
 それよりもあたしにはこのアルバムの方が大切だから。
 ぎゅぎゅうとニワトリが卵を温めているようにお腹の下に隠していると入江くんが「分かったから。」と
すんなり引き下がってくれた。
 あたしの熱意が伝わったのかな。
 恐る恐る振り返るとそこには穏やかな顔をした入江くんがいた。あれ?怒ってない?
 
 「なぁ。」
 「ぅえ?」
 「今の台詞ってどういう意味なワケ?」
 「へ?」
 「『おれのアルバムがお前の記録』ってどういう意味?」
 「えっと・・・。」

 つい勢いで言葉に出しちゃったけど、そういう風に改まって聞かれるとどうやって答えて良いか分からなかったりする。
 あたしは「怒らない?」と入江くんにお伺いを立てた上で頭の中を整理しながら少しずすことにした。

 「えっと、入江くんが小さな時はもちろん知らない時だからこうやって知ることが出来て嬉しいの。」
 「・・・。」
 「男の子に戻った入江くんは今の面影もあって凄く可愛くて、入江くん似の男の子が生まれたらこんな男の子がいいなぁって思ったり。」
 「じゃあ、子供に馬鹿にされながら子育てしていきそうだな。」
 「んもうっ!人が真剣に話してるのに!!」
 「悪い。」

 今回は素直に謝ってくれたから許してあげる。

 「でね、あたしの知らないときの入江くんがどんどん大きくなってあたしが知ってる入江くんに
なっていくのを見るとドキドキしちゃって・・・。」

「ふーん。」

「で、あたしが知ってる入江くんに出会うの。」

 そう言いながらあたしは入江くんが斗南高校に入学したときの写真が貼られているページをめくる。
 そこには相変わらず無表情ではあるけれどぴかぴかの制服に身を包んだちょっぴり幼い入江くんが現れた。
 「この時はね、まだ入江くんはあたしの存在を知らなくて、でもあたしはいつも見てた。でね、三年生になって・・・ほら、あたしと入江くんが繋がるの。」

 更にページを進めていくとそこにあたしが写る。
 ここであたしと入江くんの人生が交わった。
 それ以降は殆どがあたしと入江くんが一枚の写真に収まっていることが多い。
 
 「まぁ、お義母さんが撮ってくれた写真だからっていうのもあるんだけど、こんなに沢山一緒にいたんだなって。」
 「おまえが常にくっついてこればそうなるよな。」
 「そうだけど・・・。それでね、ここはお義母さんから教えて貰ったことなんだけど。」

 あたしは一枚の写真を指さした。

 「この写真、入江くんが久しぶりに笑った顔なんだって。」

 それはあたし達が初めて一緒に撮った写真。シャッターを切る直前に入江くんが意地悪を言ったためにカメラ目線の写真にはならなかったけど。
入江くんがいいよって言って撮ってくれた写真。
 笑ったっていってもからかった意地悪の笑顔だけど、無表情の入江くんが確かに笑ったものだった。

 「でね、ここからの写真はすごく表情が豊かになっていってるんだって。って怒ってばかりの写真だけどね。」

 でも確かに入江くんは豊かになった。
 この時どう思っていたんだとか、どんな状況だったとかが写真を見るだけで分かる。
 それがどれほどお義母さんにとって嬉しかったことか、そう思うと本当にあたしも嬉しくなる。
 入江くんに自覚あった?って聞いたらただ眉間に皺を寄せただけでなんにも答えてはくれなかったけど無自覚だったのかもしれない。
 でも、お義母さんが教えてくれたとおり入江くん情は豊かになっていった。最初は迷惑そうで怒った写真ばっかりかも
しれないけれど少しずつ柔らかい表情にもなっていった。
 
 「お義母さんはあたしと出会ったから変わったんだって言ってくれるんだけど、出会ったときからあたしは入江くんの役に立てた事なんてないもの。
迷惑ばかり掛けてて・・・。」

 自分で言いながら悲しくなっちゃうけど。
 出来るなら少しでも入江くんの人生の中で少しでも役に立ちたい。けれどあたしが何かをすると余計な仕事を増やして入江くんの邪魔ばかりしてる。

 「それでもね、入江くんはあたしと一緒に居てくれることを選んでくれて・・・。あたしは入江くんのアルバムの中に入れることを、一緒に写っていけることを
思い出と記録として一緒に残していけることが本当に嬉しくて幸せなの。」

 あたしは子供の頃の写真はあまりなくて、その写真もあの地震で何処かへ行ってしまった。
 だからこそ入江くんの写真だけは大事に残していきたいと思ってしまう。
 それが入江くんにとって苦い思い出のものでも、あたしにとっては大事な宝物。
 その宝物はこれからもどんどん増えていくし自分たちの手で増やしていける。

 「だから・・・なんてまとめて良いか分からないけど・・・うーんとー・・・。」
 「お前って本当にわけわかんね・・・」
 「え・・・そ、そうね・・・あたしも話してて何が言いたいのか分からなくなっちゃった・・・。」
 「バーカ。」

 入江くんはぶっきらぼうに言い放ってオマケのデコピンをしてきた
 長い指で放たれるデコピンの威力は健在でとっても痛い。

 「悪かったわね!どうせあたしは国語力もないです・・・よ・・・!」

 涙目で睨み返すと入江くんはさっきしてきたデコピンの痕にちゅってキスをしてきた。
 赤くなった痕を撫でてくれるような優しいキス。
 そしてそのキスは唇にも落ちた。

 「お前の言いたいことは大体分かったよ。」
 「ほ、ほんと?」
 「あぁ。じゃないとこれから先夫婦としてやっていけねぇし?」
 「もうっ意地悪!」
 「そんな意地悪な男が好きなんだろうが。」
 「・・・。」

 イタイところを突かれて何も言えませんです。
 だって本当だもの。大好きで仕方がないんだもの。
 だから一緒に歩いていきたいんだもの。
 あたしの言ってることおかしいかな?

 「琴子。」
 「ん?」
 「これからもおふくろの被写体になるのは勘弁だけど、残していけばいいんじゃねぇの?お前とおれの記録。」

 そう言って入江くんはページをめくり結婚式の写真を広げた。
 1年前のあたし達。
 これからの人生を一緒に歩いていくと誓った日。
 色んな人を傷つけた分幸せになろうと確認した日。
 両思いになって2週間で結婚したあたし達には実感する余裕なんてなかったけど不思議だなぁ、
今こうして改めてみるとそんな決意が滲み出てる気がする。
 
 「そうだね。いっぱい残したい。だからこの入江くんの写真はあたしの写真でもあるんだからどっかに隠したりしないでね!!」
 
 絶対だよ!って言うと入江くんは「はいはい。」と言った。でもさっき怒ってたときと比べて穏やかな顔を向けてくれた。

 「じゃあ、もう一回ここから見ようっと!!」
 「・・・。」
 
 あたしはまたうつぶせになってアルバムの1ページ目を開いた。
 やっぱり可愛い入江くんの赤ちゃん時代。
 あたしもいつかお母さんになる時がくるんだよね。
 入江くんがパパであたしがママ。
 あたし達を選んで来てくれる赤ちゃんはどんな子なんだろう。そう思うとふふって顔が緩んじゃう。
 
 
 「あたし、幸せだなぁ。」
 「なんだそれ。」

 思わず零れてしまった言葉に入江くんが後ろでクスクスと笑った。
 あたしもその笑顔が嬉しくてまた笑った。

 
 
 
 
 アルバム…

 それはこの世に生を受けてからゆっくりと、そして着実に歩んできたという証。
 
 そしてその証は先の遠い未来へと確実に繋がっていくバトン。

 
 入江くん、いっぱいいっぱい残していこうね。
 
 《END》


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